昨夜JAZZのライブに行った。
ライブに行ったのは一番最後、nanakiさんのだったから結構前、JAZZにいたってはDianeさんのが最後だから20年近く前である。
場所は六本木のアマンドの近く、スイートベイジルSTB139というところで、ここは日本には珍しく完全にバリアフリーである。
肝心のライブはあの有名な原信夫とシャープアンドフラッツ、軽快なリズムに体が自然に動いていた。
実はまったく予定が無かったのだが、友人が無料招待券(フリードリンク付き、おかわり自由)を持っていたので誘われたのでした。
ホントによかったー。(でもビール飲みすぎ)
男のロマンではないけれど、やはり自分の力を試してみたい。
相当前から練っていた自分の会社を立ち上げようと思う。
だんだん自分の能力、自分の性格がわかるにつれ、やはりやらないで一生を終えるのはなんとも情けない。
清水の舞台から落ちる思いで頑張ってみよう。
昨夜、家に帰ってきたとき、玄関前でPHSのネックストラップが切れてしまい、もろPHSを落としてしまった。
実は私は電動車椅子に乗っているので、下に落としたものを拾うのは大変苦手である。
でも、周りを見ても誰もいない、しょうがない頑張ってみようと考えたのがそもそもの始まりだった。
私が車椅子に乗る体勢は他の障害者の方々とは異なり、足を折りたたみ「お座り」の形で座る。
この状態で前かがみになり手を下に伸ばすと、重心はいったいどこに来るか、皆さんは想像つくだろうか。
そう、頭に重心が来てもろに逆立ち状態になってしまったのである。
しかも運悪く、上に跳ね上がった足がコントロールボックスのジョイスティックに引っかかり、車椅子が前に進み、私の体が玄関の壁と車椅子に逆さまの状態ではさまれる形になったのである。
当然パニックになってしまい一瞬無駄な足掻きで、車椅子を力ずくで引き離そうと必死で押したのだがびくともしなかった。
こういうとき頭に浮かぶのは、最悪のことや後悔、一人暮らしの辛さなど、いつのまにか目から涙があふれていたことに気づいた。
いかんいかん、こういうときこそ冷静にならなければと自分に言い聞かせて、やっとまともな考えが出てきたのである。
そういえば私はPHSを拾い上げようとしてこのような状態になったのだから、どこか手の届く範囲にあるはずである、よく考えてみると後頭部の後ろにそれはあった。
これで近くの友人を呼べば助かる、そう思ったとたんにまた別の考えが浮かんだのである。
足の膝のところにジョイスティックが当たっているのが感じられたので、もしかすると足を手前に持って来て傾ければ車椅子を離すことができるはずである。
何回か失敗を繰り返した後、やっと車椅子の引き離しに成功し、逆さまの状態から開放されたのである。
今日になってから初めて打撲の痛みや擦り傷の痛みを感じたのだが、昨夜のうちは開放感からか、不思議なことにまったく感じなかったのである。
これからは絶対無理はしないようにしようと心に誓った今日一日であった。
GWの最終日、結局ほとんど一日中従兄のデータベースシステム作成の手伝いで過ぎてしまった。
振り返ってみるとほとんどパソコンの前にいた時間のほうが外に出かけたことより長かったことに気づく、何ともまあ我ながら不健康な生活だろうか。
まあでも一昨日一日だけ友人の子供と一緒に遊べたから良しとしよう。
このblog(Weblog)というもの、実にいいシステムだと思う。
自分を表現することばかりではなく、同じような記事をリンクするトラックバックという機能を使えば、個人の考えが他の人からの圧力・影響を受けずに(個人というものがつぶされずに)大きな輪になっていけるのである。
今までもいろいろなインターネット上のコミュニケーションツールがあったが、掲示板などのコミュニティ的なものは(そのコントローラーがいても)どうしても意見のつぶしあいになることがしばしばであった。
このシステムは大きな世の中の流れ(ムーブメント)を引き起こす道具になりえるかもしれない。
しかしながらこのシステム、文章を書くのが苦手な人にはあまり使ってもらえないのである。
世の中には文章以外にも絵画、音楽など、いろいろ表現方法がある。
そのような表現を簡単に組み合わせて使えるような、そういうシステムを作ってみたくなったのである。
ただ、今のところ、私はごく普通の(少し違うかもしれないが)サラリーマンなのでプログラミングの時間がほとんど作れず、もしこれを始める場合は会社を辞めるしかないのである。
健常者だったら辞めてもなんとかアルバイトで食ってはいけるかもしれないが、私のような車椅子使用者はアルバイトなんてまず無いと思っていいだろう。
そうは言っても、近い将来ぜひこのようなシステムを自分の手で作ってみたい。
nanakiさんのblogの記事を読んでて思い出したのだが、僕は小さな頃鏡がとても好きだった。
親戚の家に遊びに行ってたまたま鏡台があると、子供心に絶対将来大人になったら大きな鏡を買おうと誓ったのである。
最終的には仕事に就いた後、今の家を建てるとき大工さんにお願いを言って、扉付きの大きな鏡を寝室の壁に設置してもらったのである。
付けた当初は毎日通勤の前に鏡とにらめっこ、ひげを剃り、ヘアスタイルを念入りに整えて、ネクタイをびしっと決め出かけるのが日課であった。
が、しかし、今はと言えば、まったく大きな鏡には無関心、小さな手鏡でひげを剃るだけ、髪の毛は前方のほうがかなり薄くなってきているので整えようにもできないのである。
このことからもわかるように、若い頃はかなり顔に自信があり、それで大きな鏡で見て自己満足していたのである。